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東京地方裁判所 平成2年(ワ)13895号 判決 1992年7月31日

原告

齋藤幸夫

原告

金子英子

右両名訴訟代理人弁護士

和田敏夫

被告

高山秋也

右訴訟代理人弁護士

東由明

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は原告らに対し、合計金五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一争いのない事実

1  被告は、昭和五六年、訴外掛端和子(以下「掛端」という)及び訴外太陽通商株式会社(以下「太陽通商」という)を相手取り、田中俊充弁護士をその訴訟代理人として、もと被告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)について所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第二〇七一号事件。以下「前訴」という)。

2  原告らは、右訴訟係属中の昭和六三年夏頃被告を知り、同訴訟の記録を閲覧し、田中弁護士と面談する等、同訴訟の帰趨に関与することとなった。

同訴訟事件については、平成元年四月二四日被告敗訴の判決が言渡されたが、原告齋藤は、被告の了解のもとに、直ちに控訴の手続きをとるとともに、訴訟記録の謄写をして事件の内容を検討した。

右のような経過のなかで、原告らと被告との間において、右訴訟に必要な費用は原告齋藤の判断により支出すること、和解により被告が利得したものについては原告らと被告とで各二分の一ずつ配分すること等を内容とする別紙記載のとおり同年六月一六日付け覚書(以下「本件覚書」という)が作成された。

また、原告齋藤は、被告に対し貝塚正己弁護士を紹介し、同年九月一二日同弁護士が右控訴審の訴訟代理人に委任され訴訟を遂行することとなった。

3  ところがその後、被告は、自ら太陽通商及びその利害関係人と和解交渉を進め、原告らに何ら相談することなく、平成二年四月一三日、同弁護士を解任すると同時に、右の控訴を取り下げ、同月二〇日右利害関係人から和解金として九〇〇〇万円を受領した。

二原告らの主張

原告らは、被告から前訴の内容について相談を受け、訴訟記録も精査し、被告のために控訴状を作成する等、被告に有利な解決を図るべく尽力した。そして、将来被告が取得すべき利益についてその配分等を定めるために、原告らと被告間において、本件覚書を作成することで合意をするにいたったものである。

しかるに被告は、原告に無断で前記紛争を解決したものであるから、右の覚書第八条により、原告に対し配分金を支払う義務がある。

よって原告らは、右の覚書の趣旨に従い、被告が取得した前記金九〇〇〇万円から、諸手続費用合計金二〇〇万円(弁護士への支払分五〇万円、控訴費用を除く諸手続費用五万円、利害関係人との交渉のために依頼した者に支出した運動資金五〇万円、及び原告が掛端に対して有する債権の一部免除金一〇〇万円)、並びに被告が貝塚弁護士に支払うべき金四〇〇万円を控除した金八四〇〇万円の二分の一に相当する金四二〇〇万円の配分金の請求権があるところ、本訴においては、その一部金五〇万円の支払を求める。

三本件の争点

被告は、抗弁として、本件覚書による合意が公序良俗に違反し無効である旨主張する。

(被告の主張)

原告らは、被告が前訴における田中弁護士の訴訟活動に不満を持つようになっていたころ、突然に被告を訪ねてきたもので、被告から積極的に原告らに訴訟活動の援助を依頼したものではない。原告らは、この訴訟では必ず勝訴するようにしてやるとか、自分の知り合いの弁護士をつけてやるなどと言葉巧みに被告に近づいて交渉をもち、本件覚書にあるような高額の金銭取得を目的として前記のとおり訴訟活動に関与した。

しかも、原告らの右活動は、弁護士法七二条に定める非弁活動に該当する違法なものである。また、原告金子は、原告齋藤の運転手的な存在であったにすぎないから、原告ら主張のような配分金名目の報酬金を請求する権利はない。

一方、被告は当時前訴の一審で敗訴して、窮迫、困惑の状態にあり、法的にも無知・無経験であって、本件覚書の作成を拒否すれば、どうにも解決できない事態になると思い込んで右作成に応じたものである。

したがって、本件覚書による合意は、被告の窮迫・無経験に乗じて不当な利益を得る目的でなされた暴利行為であり、民法九〇条により無効である。

(原告の反論)

被告は、当時、約八年もの間前訴を遂行しており、法的に無知・無経験とは到底いえない。また、一審で敗訴したのは正当な裁判の結果であり、これにより被告が窮迫の状態に陥っていたとは即断できない。

原告らは、被告のために誠意をもって活動し、かつ、訴訟に必要な費用を立替えまでしたもので、原告らの報酬は不安定な成功払いであったから、本件覚書に定める配分金が不当に高額のものであるとはいえない。

また、原告らは、法律事務を取り扱うことを業としている者ではないから被告の弁護士法違反の主張は失当である。

第三争点に対する判断

一本件覚書の作成の経過について

前記争いのない事実に、<書証番号略>、並びに原告齋藤幸夫・被告双方本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  原告齋藤は、不動産販売業を営む会社の代表者であるが、昭和六三年夏頃不動産仲介業者であった原告金子から「裁判中の面白い物件があるから買わないか。」と話を持ちかけられ、とりあえず被告と会って話を聞いてほしいといわれたので、その日のうちに被告(当時食堂経営)と面会した。それまで原告らと被告は一面識もなかった。

被告は、前訴における田中弁護士の訴訟活動に不満を持っており、原告齋藤から、掛端は悪い女で自分の友人も詐欺にあっている、弁護士が不満なら知り合いの弁護士を紹介してもいいなどといわれたので、同原告を頼りにすることとし、同原告とともに田中弁護士と面談したが、同弁護士はとりあってくれなかった。

2  平成元年四月二四日、前訴第一審で被告敗訴の判決が言渡されると、原告齋藤は、被告の依頼を受けて直ちに控訴の手続をとることとし、自らの過去の職歴を生かして控訴状を自分で作成して東京高等裁判所にこれを提出するとともに、訴訟記録の閲覧・謄写申請を提出して前訴の内容を検討した。

右控訴に必要な費用金五八万七九〇六円は同原告が立て替えたが、後日被告がこれを返還した。

3  原告齋藤は、右控訴審の係属中に当事者と和解交渉をすべく、掛端や太陽通商と面談し、さらには暴力団に交渉を依頼するなどしたが、前記の控訴費用を含め右のような交渉等に必要な経費、並びに自己の報酬相当額を後日清算する必要を考え、同年六月、本件覚書を作成して被告方へ郵送した。

被告は、同原告から事前の相談もなく郵送されてきた右覚書を受け取り、その内容に大いに不満を抱き、一週間から一〇日ほど同書面に署名押印するのを渋っていたが、同原告にはこれまで控訴手続や弁護士の件で世話になっていたことや、同原告から何度も署名の催促を受けたこともあって、結局はこれに応じることとし、同覚書に自ら署名押印して同原告に送り返した。

4  被告は、本件覚書が作成されたころ、原告齋藤が紹介した貝塚弁護士と会い、正式の委任は遅れて同年九月一二日となったが、同年一二月ころになって、同原告からいわれた掛端との和解の内容が当初被告が考えていたものと大きく食い違うことから、以後、同原告の行動に不信の念を抱くようになった。

そして被告は、同原告や貝塚弁護士に相談すること無く、独自に当事者と話合いを進め、太陽通商の関係人と和解ができる運びとなって、平成二年四月一三日、同弁護士を解任するとともに、前訴の控訴を取り下げ、同月二〇日、本件土地の所有権は諦める代わりに和解金九〇〇〇万円を受領して事件の解決をみるにいたった。

以上のとおり認められる。

被告本人尋問の結果中、本件覚書を作成するに際して原告齋藤から強迫された旨陳述する部分は、前認定のとおりの同覚書作成の経過に照らし措信できない。

二本件覚書が公序良俗に違反するか否かについて

以上の認定事実からすれば、本件覚書作成当時、被告は既に前訴を長く経験し、被告主張のように法的に無知・無経験であったとは認められず、また、同覚書作成が前認定のとおり、郵送の交換で行われたことからすると、被告が当時窮迫と困惑の状態でこれに署名押印したものと認めることもできない。

しかしながら、本件覚書の内容は別紙のとおりであって、ことに弁護士の選任及び解任を原告齋藤の判断により行うものとすること、当事者との和解の条件についても原告両名の了解を要するとされていること、そして和解により被告が利益を得た場合には、その二分の一を原告らに分配することとされており、原告齋藤の行った前記訴訟外活動がただちに弁護士法七二条に違反するとまでは認められないにしても、同原告の右行動は、覚書の内容と相まって、資格ある弁護士の正当な訴訟活動を大きく阻害するものということができるうえ、同原告がとった右行動の内容に照らすと、同覚書に定める配分金の額は正規の弁護士報酬等基準額に比べても異常に高額なものと認めざるをえない。

右によれば、本件覚書は、前認定のとおりの作成経過及び原告らの訴訟外活動に照らしてその内容をみた場合、それ自体がきわめて反社会性の強いものであって、その合意は民法九〇条により無効なものといわなければならないから、被告が当初原告らに援助を依頼しながら、その後一方的に原告らを排して和解交渉を進めたことには責められるべき点があるとしても、原告らが右の覚書に基づいて本件配分金の請求をすることはできないというほかない。

三よって、被告の抗弁は理由があり、原告らの本訴請求は理由がない。

(裁判官大和陽一郎)

別紙物件目録

(一) 所在 埼玉県坂戸市溝端町

地番 四番五

地目 雑種地

地積 六壱参平方メートル

(二) 所在 埼玉県坂戸市溝端町

地番 四番六

地目 雑種地

地積 六参壱平方メートル

(三) 所在 埼玉県坂戸市溝端町

地番 壱壱番四

地目 雑種地

地積 六壱五平方メートル

別紙覚書

甲 斎藤幸夫

乙 金子英子

丙 高山秋也

右当事者間において、丙の所有する別紙物件目録記載の土地について次のとおりの約定をしたので、覚書を作り後日の証とする。

第一条 甲、乙、丙は、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)について、丙と、掛端和子および太陽通商株式会社との間に所有権について紛争があり、その登記簿上の所有名義は、丙から掛端和子、更に太陽通商株式会社と、順次所有権移転登記が経由されていることを確認する。

また、甲、乙、丙は、本件土地にかゝわる丙を原告として掛端和子、および太陽通商株式会社を被告とする東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第二〇七一号土地所有権移転登記抹消登記手続請求事件は、平成元年四月二四日原告敗訴の判決言渡があったこと、および本件土地の目録(一)、(二)の土地については、株式会社太陽神戸銀行のために極度額金壱億円の根抵当権と株式会社第一相互銀行のために極度額金壱億円の根抵当権が、それぞれ第一順位で設定登記されていることを確認する。

第二条 甲、乙、丙は互に協力して、本件土地の所有権の回復若しくは利害関係人との間の和解をするため尽力するものとする。

第三条 甲、乙、は前条の目的を達するために必要な一切の訴訟費用その他の諸費用を、甲の判断により支出するものとする。

第四条 丙は、第二条の目的を達するため、甲、乙に対し、金銭上の支出以外の一切の協力をすることとし、弁護人の選任および解任は甲の判断により行うものとする。

第五条 丙と掛端和子および太陽通商株式会社との間で和解をする場合には、その和解条件は甲、乙、丙の合意によるものとする。

第六条 本件土地の所有権の回復若しくは和解により、実質的に丙の所得に帰属することゝなった本件土地または和解金については左の方法により、その利得したものを甲、乙、丙間で配分するものとする。

なお、配分の方法は左記の方法によるものとする。

1 回復した土地については、取得した時における時価をもってその価額とし、その価額若しくは、和解金を利得した金額とする。

2 前項の金額から第三条の定めにより甲、乙、の支出した金円または、将来支出すべき金円を控除した残額を配分するものとする。

3 前項の配分の割合は、甲、乙は一括して弐分の壱、丙は弐分の壱とする。

4 配分の方法は現金若しくは現金に準ずる方法で行うものとする。

第七条 丙は、甲、乙が必要と判断した時は、丙の作成名義による訴訟委任状若しくは委任状を作成し、これを甲、乙にすみやかに交付しなければならない。

第八条 本覚書に定める甲、乙、丙が各自の各協力義務を怠り、若しくはこの覚書による協定事項について、利害関係人との間における終局的な結果を持たないでこれを解消しようとするときは、理由の如何を問はず、本覚書による協力義務は終了したものと見做し、相手方に対し、その配分金を精算しなければならない。

第九条 前各条に定めのない事項については、第二条の趣旨に則り、甲、乙、丙間において協議のうえ決定するものとする。

別紙

(一) 所在 坂戸市溝端町

地番 四番五

地目 雑種地

地積 六壱参平方メートル

(二) 所在 同所

地番 四番六

地目 雑種地

地積 六参壱平方メートル

(三) 所在 同所

地番 壱壱番四

地目 雑種地

地積 六壱五平方メートル

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